熟成革新
南禅寺 瓢亭(京都市)
南禅寺 瓢亭(京都市)

京料理の世界で、もっとも歴史の深い料理店である瓢亭。由緒ある南禅寺境内の門番所を兼ねた茶店として開かれ、450年を超えて今もなお南禅寺の傍らに建つその姿は、まさに京都の至宝と言ってよいだろう。

この歴史ある瓢亭の厨房にエイジングブースターが据えられ、使われているというと多くの方が驚くだろう。しかし、それは真実である。一にも二にも素材の味わいを大切にする京料理において、エイジングブースターはどのように使われているのだろうか。

(取材・文・撮影:山本謙治)

食材
設定
450年の伝統と最先端技術のどちらも大切にする精神
全国の料理人が愛読する雑誌である「専門料理」の2022年11月号に、衝撃的な料理が掲載された。同誌の人気連載である「柴田日本料理研鑽会 京料理のこころみ」は、京料理界の有名店の主人が集い、一つの題材に沿った料理を生み出し、皆で論評するというものだ。その号のテーマは「熟成」。各人が工夫を凝らして食材や料理の熟成にチャレンジする中、瓢亭の高橋義弘さんが出品したのは「タイの潮汁(うしおじる)」。タイの中骨をエイジングブースターで三日間熟成促進し、これもまた熟成促進した昆布だしで煮出し、塩と白醤油のみで調味した汁だ。詳細は誌面をご覧いただきたいが、試食したメンバー全員が「すごいうまみや」、「一番だしのような上品さ」、「タイの旨みがしっかり出ている」と異口同音に驚きを表していたのだ。エイジングブースターの存在が、京料理界に表出した瞬間と言えるのかもしれない。もちろん、そのきっかけを作ったのが瓢亭だということが、もっとも驚くべきことである。
瓢亭の店舗
瓢亭の店舗
瓢亭の店舗
瓢亭の店舗
とはいえ、瓢亭はこれまでも革新を求めてきた店でもある。先代の高橋英一さんの時代には、それまでだしを引く際に使用していた鰹節をやめて、甘みと旨みがより強い鮪節に変えている。日本料理店が、すべての料理の基本とも言えるだしを変えるということは大事だが、先代は勇気を持って改革し、そして大きな評価を得た。その気風は義弘さんにもしっかり受け継がれている。たとえば瓢亭で欠かせないのがタイのお造りだが、明石で揚がったマダイをへぎ造りにしたものに添えるのはなんと、低温のオーブンでじっくり焼いたトマトを煮出して作った「トマト醤油」だ。
タイの身とトマト醤油
「醤油はとてもおいしい調味料ですが、素材よりも強い香りや味わいを持っています。タイの身の精細な香りや味を伝えるためには、こうした提案もよいかと思って、私が作りました。」
高橋義弘氏
そんな進取の気風を持つ義弘さんがエイジングブースターに出会ったのは、やはり「専門料理」誌の記事がきっかけだ。その記事というのが、エイジングブースターで和牛の各部位を熟成促進したもの、そうでないものを食べ比べしてもらった上で、好みの肉を熟成促進し、料理を創作してもらうという企画だ。和牛肉の食べくらべをした義弘さんは、熟成促進した各部位で、旨みが強くなっていることと、柔らかさが増していることに驚いていた。
その上で、瓢亭でも使用されている土佐あかうしの、硬い部位であるスネ肉をエイジングブースターで6日間熟成促進し、柔らかくしたものを煮込みにした料理を創作してくれたのである。
その頃はまだエイジングブースターが世に出る前の段階であり、関係者も「肉を熟成するもの」という使い途にしか、考えが及んでいなかった。しかしすでに義弘さんはこう言っていたのだ。
「エイジングブースターは面白いですね。でも、お肉だけじゃなくてさまざまな食材に活かすことができるんじゃないでしょうか。日本料理にはお魚をよく使いますし、また麹を用いた発酵調味料も、熟成促進することで味に変化が出ると思います。」
厨房のエイジングブースター
それならぜひ、日本料理でどのように使っていただけるのか試して欲しいと、エイジングブースターを実際に厨房に入れ、使用していただくことになったのである。
これまでになかった味を引き出した「タイの潮汁」の衝撃
タイの潮汁
厨房のエイジングブースター
瓢亭の厨房は、いわゆる「うなぎの寝床」のように縦に長いのだが、その最奥部にエイジングブースターが鎮座している。開けてみるとさまざまなものが庫内に入れられていた。ということは、一つの設定でさまざまなものを熟成促進するということだ。
エイジングブースターから出した材料
「そうですね、ものによって設定をいちいち変えていくことはしないですね。それをやっていると、間違いが発生する可能性もありますし。」
そんな瓢亭のエイジングブースター設定は、庫内温度0℃、芯温5℃、風量20%というものだ。
今回、あつらえていただくのは三品。
「タイの昆布締め」に「タイの潮汁」、「アユの子焼き」だ。
それらすべての食材がエイジングブースターに入れられていたものだ。
タイの昆布締め、タイの潮汁、アユの子焼き
マダイの昆布締め:
マダイの昆布締め
瓢亭におけるマダイの扱いは格別だ。「お鯛さん」と呼ばれるマダイは、明石の漁船で揚がった中から、一番よいものが瓢亭に届くようになっている。そんな鮮度の良いマダイは、先にもあったようにお造りにするのが華ではあるが、あえて昆布締めを仕立てる。戻した昆布に、サクをカットしたマダイを挟み、エイジングブースターに入れて2時間弱の熟成促進。
昆布とマダイ
「2時間だけでも、昆布の味の浸透度合いが変わって、味わいが深くなるんです。」という。
昆布じめをいただくと通常であれば熟成に伴って柔らかくなっているはずのマダイの身が、キュッキュッと新鮮な、身がいかった状態を保っている。それなのに、昆布の香りと旨みはしっかりと身肉の中に浸透しているのが感じられる。
「つまり、エイジングブースターには熟成の時短効果があるんですよ。ふつう、昆布締めにすると食感がモチッとするんですが、そうではなくてフレッシュなサクッと言う食感のままで昆布締めとなってくれるんですね。」
まさに、鮮度が高い状態で旨みが増すという、エイジングブースターならではの熟成促進効果を得ることができているのだ。
タイの潮汁:
タイの潮汁
これが、冒頭に書いた「柴田日本料理研鑽会」の席上で義弘さんが出品したものだ。改めて書くと、タイをおろした際に出てくる中骨を集めてエイジングブースターヘ入れ、3日間熟成促進をかける。
魚の中骨
中骨を煮出す
この中骨を煮出していくわけだが、通常なら使用前に中骨を湯で洗い、アクやぬめりを取っていくのだが、ここではあえて霜降りをしないで使えてしまうという。
中骨を入れた鍋にダイレクトに水を注ぎ、そのまま煮出すのだ。
中骨を煮出す
通常の潮汁と違うのは、ここで臭み消しの酒を注がないことだ。
「通常なら、潮汁には日本酒を入れて、魚の臭みを消します。ただ、日本酒の香りと味が強く出るので、魚のだしを味わうのか、それとも日本酒の風味を味わうのかよくわからなくなることもあるんです。でもね、エイジングブースターで熟成した中骨だと、日本酒が必要ないんですよ。」
酒の代わりにここで注がれるのが、中骨と共にエイジングブースターで熟成された昆布水だ。
中骨の鍋と昆布水
潮汁
瓢亭ではこのようにタッパーに水を満たした中に利尻昆布を入れた状態で、熟成促進する。
こうしてとられた潮汁に、蓮根豆腐を浮かべれば、熟成促進を施した潮汁の完成だ。
潮汁
澄み切った汁にマダイの脂が細かく散っている。そっと啜ると、実にクリアなタイの味わいが、舌の上に拡がっていく。その汁の味わいはタイの旨みと、清々しい香りに満ちている。なるほど、日本酒の味がしないということは、魚そのものの味わいだけを味わうと言うことなのかと納得である。
「この潮汁をいただくと、普通の手法で作る潮汁は日本酒の味が強く影響していることがわかりますよね。エイジングブースターで熟成促進した潮汁は、ひとつの料理として成立すると思います。」
おそらくこの一品を説明抜きで味わったときに、中骨から煮出した潮汁だとは誰も思わないのではないか。魚一匹分を丁寧に煮出した特製の出汁なのではないかと考えても不思議は無い。それほどの衝撃的な潮汁であった。
アユの子焼き:
アユの子焼き
このなんとも魅惑的な料理は、かなりの手数を要して産み出される。
魚をエイジングブースターに入れる
うるか
小型のアユを開いた状態で塩水に一時間漬け、8時間ほど熟成促進をして旨みを出し、天日で干しておく。これとは別に、アユの内臓に塩を加えて塩辛状にして熟成する、いわゆる「うるか」を熟成促進。これは、エイジングブースターに入れっぱなしにするのでは無く、アユを捌いた時にはらわたを取って仕込み、適時エイジングブースターに入れて熟成するという方式をとっている。
熟成前と熟成後のアユの子
これとは別に、メスのアユが腹に溜めているアユの子を溜めておき、これもエイジングブースターで熟成促進する。左の写真の左側が熟成前、右が熟成後のアユの子だ。色がしっかり変わっているのがわかるだろう。
アユを炙り、半分ほど火が通ったところで、うるかとアユの子を混ぜたものを塗っていく。
アユを炙る
アユを炙る
焼き上がったアユ
皮目とアユの子が香ばしく焼き上がったら、アユからしたたり落ちた脂を塗って香りをまとわせる。
こうしてできあがったのがアユの子焼きである。
アユの子焼き
見た目どおり、パリッとした食感の後、口中にアユの焼けた香ばしい薫りが充満。アユのうるかが焼けた旨み、アユの子のプチプチ感と魚卵特有の香りが鮮烈だ。
アユと言えば塩焼きしたものをタデ酢でいただくというのが定番だが、この一品はアユの持つポテンシャルをすべて引き出し、深い味と鮮やかな香りを身にまとった、素晴らしいものとなっている。
タイの昆布締め、タイの潮汁、アユの子焼き
エイジングブースターの誕生時、開発陣はこの装置を、肉を扱う洋食において使われるものとなるだろうと想定していた。それが、京料理界で燦然と輝く老舗で使用されることになろうとは、誰が考えていただろうか。
瓢亭:高橋義弘氏
それもこれも、伝統にあぐらをかくことなく、その時代にあった進化を積極的に進める瓢亭の姿勢があってのことである。瓢亭の料理の進化に、エイジングブースターが今後どのような関わりを見せていくのだろうか、楽しみである。
店舗情報
瓢亭 京都南禅寺畔
〒606-8437 京都市左京区南禅寺草川町35
http://hyotei.co.jp/

四国計測工業株式会社
〒764-8502 香川県仲多度郡多度津町南鴨200番地1
経営戦略本部 マーケティング開発部

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