瓢亭の厨房は、いわゆる「うなぎの寝床」のように縦に長いのだが、その最奥部にエイジングブースターが鎮座している。開けてみるとさまざまなものが庫内に入れられていた。ということは、一つの設定でさまざまなものを熟成促進するということだ。
「そうですね、ものによって設定をいちいち変えていくことはしないですね。それをやっていると、間違いが発生する可能性もありますし。」
そんな瓢亭のエイジングブースター設定は、庫内温度0℃、芯温5℃、風量20%というものだ。
今回、あつらえていただくのは三品。
「タイの昆布締め」に「タイの潮汁」、「アユの子焼き」だ。
それらすべての食材がエイジングブースターに入れられていたものだ。
瓢亭におけるマダイの扱いは格別だ。「お鯛さん」と呼ばれるマダイは、明石の漁船で揚がった中から、一番よいものが瓢亭に届くようになっている。そんな鮮度の良いマダイは、先にもあったようにお造りにするのが華ではあるが、あえて昆布締めを仕立てる。戻した昆布に、サクをカットしたマダイを挟み、エイジングブースターに入れて2時間弱の熟成促進。
「2時間だけでも、昆布の味の浸透度合いが変わって、味わいが深くなるんです。」という。
昆布じめをいただくと通常であれば熟成に伴って柔らかくなっているはずのマダイの身が、キュッキュッと新鮮な、身がいかった状態を保っている。それなのに、昆布の香りと旨みはしっかりと身肉の中に浸透しているのが感じられる。
「つまり、エイジングブースターには熟成の時短効果があるんですよ。ふつう、昆布締めにすると食感がモチッとするんですが、そうではなくてフレッシュなサクッと言う食感のままで昆布締めとなってくれるんですね。」
まさに、鮮度が高い状態で旨みが増すという、エイジングブースターならではの熟成促進効果を得ることができているのだ。
これが、冒頭に書いた「柴田日本料理研鑽会」の席上で義弘さんが出品したものだ。改めて書くと、タイをおろした際に出てくる中骨を集めてエイジングブースターヘ入れ、3日間熟成促進をかける。
この中骨を煮出していくわけだが、通常なら使用前に中骨を湯で洗い、アクやぬめりを取っていくのだが、ここではあえて霜降りをしないで使えてしまうという。
中骨を入れた鍋にダイレクトに水を注ぎ、そのまま煮出すのだ。
通常の潮汁と違うのは、ここで臭み消しの酒を注がないことだ。
「通常なら、潮汁には日本酒を入れて、魚の臭みを消します。ただ、日本酒の香りと味が強く出るので、魚のだしを味わうのか、それとも日本酒の風味を味わうのかよくわからなくなることもあるんです。でもね、エイジングブースターで熟成した中骨だと、日本酒が必要ないんですよ。」
酒の代わりにここで注がれるのが、中骨と共にエイジングブースターで熟成された昆布水だ。
瓢亭ではこのようにタッパーに水を満たした中に利尻昆布を入れた状態で、熟成促進する。
こうしてとられた潮汁に、蓮根豆腐を浮かべれば、熟成促進を施した潮汁の完成だ。
澄み切った汁にマダイの脂が細かく散っている。そっと啜ると、実にクリアなタイの味わいが、舌の上に拡がっていく。その汁の味わいはタイの旨みと、清々しい香りに満ちている。なるほど、日本酒の味がしないということは、魚そのものの味わいだけを味わうと言うことなのかと納得である。
「この潮汁をいただくと、普通の手法で作る潮汁は日本酒の味が強く影響していることがわかりますよね。エイジングブースターで熟成促進した潮汁は、ひとつの料理として成立すると思います。」
おそらくこの一品を説明抜きで味わったときに、中骨から煮出した潮汁だとは誰も思わないのではないか。魚一匹分を丁寧に煮出した特製の出汁なのではないかと考えても不思議は無い。それほどの衝撃的な潮汁であった。
このなんとも魅惑的な料理は、かなりの手数を要して産み出される。
小型のアユを開いた状態で塩水に一時間漬け、8時間ほど熟成促進をして旨みを出し、天日で干しておく。これとは別に、アユの内臓に塩を加えて塩辛状にして熟成する、いわゆる「うるか」を熟成促進。これは、エイジングブースターに入れっぱなしにするのでは無く、アユを捌いた時にはらわたを取って仕込み、適時エイジングブースターに入れて熟成するという方式をとっている。
これとは別に、メスのアユが腹に溜めているアユの子を溜めておき、これもエイジングブースターで熟成促進する。左の写真の左側が熟成前、右が熟成後のアユの子だ。色がしっかり変わっているのがわかるだろう。
アユを炙り、半分ほど火が通ったところで、うるかとアユの子を混ぜたものを塗っていく。
皮目とアユの子が香ばしく焼き上がったら、アユからしたたり落ちた脂を塗って香りをまとわせる。
見た目どおり、パリッとした食感の後、口中にアユの焼けた香ばしい薫りが充満。アユのうるかが焼けた旨み、アユの子のプチプチ感と魚卵特有の香りが鮮烈だ。
アユと言えば塩焼きしたものをタデ酢でいただくというのが定番だが、この一品はアユの持つポテンシャルをすべて引き出し、深い味と鮮やかな香りを身にまとった、素晴らしいものとなっている。
エイジングブースターの誕生時、開発陣はこの装置を、肉を扱う洋食において使われるものとなるだろうと想定していた。それが、京料理界で燦然と輝く老舗で使用されることになろうとは、誰が考えていただろうか。
それもこれも、伝統にあぐらをかくことなく、その時代にあった進化を積極的に進める瓢亭の姿勢があってのことである。瓢亭の料理の進化に、エイジングブースターが今後どのような関わりを見せていくのだろうか、楽しみである。