熟成革新
N-3trois [エヌトロワ](山口県宇部市)
N-3trois [エヌトロワ](山口県宇部市)

エイジングブースターを使用する飲食店やシェフは、やはり都市部や観光地の繁華街といった、人通りの多いところにあるのが普通だ。けれども、すべてがそうであるわけではない。山口宇部空港から車で15分、周りに商業施設があるわけでもなく、それどころか公共交通機関も満足に通っていない地域に、今回とりあげるエヌトロワがある。正直なところ、ちょっと驚いた。ひと言でいえば「新幹線や車で、ここで食事をするためだけに駆けつける意味がある」といえる店ではないか、と。

16歳から料理の道に入り、様々な地域、店で修業した挙げ句に地元である山口で立ち上げたこの店で、野村公貴シェフはエイジングブースターをなぜ導入し、どんな料理を作っているのだろうか。

(取材・文・撮影:山本謙治)

食材
設定
周防灘の海が見える地域から車で5分ほど軽く上った、住宅街の一角にエヌトロワがある。「本当に、フレンチレストランがあるのだろうか?」と不安になりながら探している身としては、この白いモノリスのような建物が目に入って「ここだ、ここに違いない!」と安心できる。
N-3troisの外観
N-3troisの店内
この印象的なデザインの店舗は、建築家である野村夫人が設計したものだそうだ。
野村シェフ
野村さんは、バリバリの地元育ち。工業系の高校に通っていたが、16歳の時にフランス料理店でサービスのバイトを経験。野村さんは74年生まれなので、当時はまだバブル絶頂期。ピアノの生演奏が流れる店で、同伴の女性を連れたお客がワインをガンガン開けていく世界を目の当たりにする。そこで感化されたのか、料理の世界に関心を持つようになった。
結局、工業系の道へは進まず県内の有力ホテルの飲食部門に就職、フランス料理の基礎を学び、ウエディングやバンケットの部門で腕を磨く。
「当時はいまのようにWebで技術や情報を検索できませんでしたから、30万円する料理専門書のセットを購入して、手探りで料理をしていましたね。」
地元ホテルの後は淡路島でのリゾートホテルの立ち上げスタッフとして働き、関東へ移動して東京を中心にホテルの厨房に立ち、夏の繁忙期は軽井沢で立ち働くなど活躍。一貫してフランス料理人としてのキャリアを積んだのち、2016年にこの宇部の西岐波に店を構えた。自分の店では、ルーツである山口県の地元で生産された食材に光を当てたいという強い想いをもって始めたそうだ。
ちなみに「エヌトロワ」という店名はフランス語で「Nと3要素」という意味だ。そのNが表すのは野村さんの頭文字、そして3つの要素が「アムール(愛)、テロワール(風土)、そしてロマン(恋愛や冒険)の3つだそうだ。なるほど、山口県のテロワールを、愛を持ってロマンに満ちた料理に昇華する。それこそがこの店の目指すところなのだろう。
さあ、そんなエヌトロワに、なぜエイジングブースターが導入されたのだろうか。
エイジングブースター
野村さんがエイジングブースターの存在を知ったのは、インターネットで「こんな調理機器がある」という情報を見たときのこと。ブログだったかSNSだったかはいまでは思い出せないそうだが、まだ正式販売をしている状態ではなかったそうだ。
「肉や魚の熟成にしか使えないのであれば、それほど魅力を感じなかったと思うのですが、どんな食材にも使えるというのが魅力でした。四国計測工業さんに連絡をとって、しばらく使わせてもらい、導入を決めました。価格は安くはありませんが、それによって得られるものが大きかったので、それほど気にはなりませんでしたね。」
という。そんな野村さんは、エイジングブースターをどのように使うのか。
「エイジングブースターは多くの食材の味をよくする機械なので、できる限り、下ごしらえの段階で利用するようにしています。例えば当店ではイカやフグ、タイといった魚をよく使うのですが、軽く塩を当てた状態でエイジングブースターに入れて一晩ねかせることが多いです。言ってみれば一夜干しの感覚ですね。一晩ねかせるだけで、うま味がグッと前面に出て、食感も柔らかくなる。熟成をかけているかいないかということはお客様にはわからないかもしれませんが、結果として料理がおいしくなっているので、満足度として伝わると思っています。」
仙崎 槍烏賊 / 唐墨
仙崎:槍烏賊/唐墨
仙崎:槍烏賊/唐墨
さっそく、エイジングブースターにかけたヤリイカとカラスミを合わせた逸品を出していただく。
ヤリイカとカラスミ
ヤリイカを刺身に引いて、カラスミを合わせただけに見えるが、もちろんそうではない。一塩あてたヤリイカの身はエイジングブースターで寝かせられていることで、ただでさえ身肉の柔らかなヤリイカがとろけるようになり、うま味はグッと上がる。エイジングブースターの設定は、庫内温度が0度、芯温が5度で、風は50%。これで3時間置いたそうだ。
「イカの場合はサイズによって身の厚みが変わってきますから、風量や寝かせる時間を仕入状況によって変えていきます。」
槍烏賊/唐墨
なお、カラスミも自家製で、最初の水分を飛ばす工程はエイジングブースターを用いている。カラスミでの使用は、香川県の「ノッキングキッチン」小川翼シェフも行っているので、知見がどんどん貯まっていく状況だ。
ネットリした、ほとんど溶け出すかというヤリイカの身の甘さと、カラスミの程よい塩味が合わさると、これからコースに向かうぞという食欲が一瞬にして全開になる。スターターとして最高の一品だ。
カリフラワー / 萩 ホワイトアスパラガス / 萩 真河豚
カリフラワー/萩:ホワイトアスパラガス/萩:真河豚
カリフラワー/萩:ホワイトアスパラガス/萩:真河豚
続いて、野村シェフが壺のような器に盛り込みはじめたのが、山口県食材と言ったときに思い浮かぶ、フグである。フグの身肉を刺身にひいた、関西で言う「てっさ」は、〆たての新鮮な状態ではなく、一日程度ねかせたものを刺身に引くことが多い。新鮮な状態だと身がいかっているため、薄く引くことができないからだ。また、新鮮すぎるフグは、まだうま味が十分に生成されていないことも多い。
そこで野村シェフは、フグの身をエイジングブースターにかける。温度設定はイカと同様だが、身肉に厚みもあるため12時間かけておくという。
盛り付け中の真河豚
下にカリフラワーのムースを土台に敷き、アスパラガス、そしてアスパラを乳酸発酵させたものをジュレにしたものを乗せた上に、フグを敷き詰めていく。
カリフラワー/萩、ホワイトアスパラガス/萩、真河豚
カリフラワー/萩、ホワイトアスパラガス/萩、真河豚
フグの身肉はプリプリと弾力があるのだが、いかりすぎてはいない。そして、噛んでいくうちにうま味がしっとりと染み出てくる。つまり、新鮮さを損なわずに、柔らかさとうま味も引き出す。この辺が、エイジングブースターによる効果だろう。
ちなみに、美しいエディブルフラワーが配されているが、これも県内の阿東町で栽培されたもの。徹底的に山口県産の食材で攻めてくれるのがうれしい。
N-3trois 野村公貴シェフの料理
このあと、直接的にはエイジングブースターを用いていない料理が続いたが、よくよく聞いてみると、その皿のどこかには、エイジングブースターでの処理が関与していた。
N-3trois 野村公貴シェフの料理
調理中の野村公貴シェフ
例えば仙崎のアマダイにイクラを乗せた一品では、スジコをエイジングブースターに入れ、庫内温度を-2℃、芯温6℃ 風量0で3日間置いたものがイクラとして提供された。
「エイジングでイクラの水分を抜いて、うま味を出した後、2回冷凍にかけます。それを解凍したものを、プラムなどのフルーツを乳酸発酵させた液に浸してマリネすることで、味を仕上げました。」
N-3trois 野村公貴シェフの料理
ウロコが立ってパリパリと絶妙な食感が立ったところへ、イクラのトロリととろけるうまさが合わさって、絶妙というほかない調和となる。イクラを醤油漬けにしたり、塩のみで味付けするのではなく、乳酸発酵のマリネ液を吸わせるというのは、深みのあるフレンチの技法と言える。この店に出かけるなら、ぜひ魚介料理を楽しみにしていて欲しい。
さあそして、料理はメインへと進む。
美祢 梶尾蝸牛イチボ / 須佐 ブルーベリー / 美祢 原木椎茸 / 宇部 紫芽キャベツ
美祢:梶尾蝸牛イチボ/須佐:ブルーベリー/美祢:原木椎茸/宇部:紫芽キャベツ
美祢:梶尾蝸牛イチボ/須佐:ブルーベリー/美祢:原木椎茸/宇部:紫芽キャベツ
野村シェフが用意してくれていた梶岡牛は、県内の美祢市にある梶岡牧場で育てられた黒毛和牛肉だ。じつは筆者は梶岡牧場の代表である梶岡秀吉氏とは仲良くしており、この時も事前に連絡をしていた。
調理中の野村公貴シェフ
梶岡牧場は、繁殖・肥育一貫といって、子牛生産と肥育の双方を一つの経営体内部で行う経営スタイルだ。そのため、種牛を選んで種付けし、子牛の時期から育て、肥育段階を経て出荷するまですべてを自分でコントロールできる。このため、梶岡氏はA5等級を追い求めるのではなく、食べて美味しい黒毛和牛になるように、牛を選び育てている。
Aging Boosterに肉をセット
「ですから、なかなか手に入らないんですよ。今回も事情をお話しして、どうしてもパーツでとらせて欲しいとお願いして、なんとかランイチが手に入りました。」
ランイチは牛のモモのなかのランプとイチボがくっついた部位。ステーキに向きながら、ロースよりもサシの入りがおだやかなため、大人気の部位だ。これを、3日ほどエイジングブースターに入れて熟成促進をしておく。
Aging Booster庫内のランイチ
ふつうなら表面に浮いてくるドリップなどが蒸散し、肉にてりが出てきているようにも見える。
「エイジングブースターにとって、脱水の役割がいちばん重要なものかも知れません。魚もそうですが、余分な水分を抜くなど、コントロールすることができるので、重宝しているんです。」
ブドウの枝
通常であれば、黒毛和牛はブドウの枝を燃やして焼くそうだが、今回はまた違うアプローチだ。
発酵させたブルーベリーを貼り付けてローストした肉
「美祢市に素晴らしいブルーベリーを栽培してくださっている方がいるので、そのブルーベリーを発酵させたものをお肉の周りに貼り付けるようにして、ローストにしてあります。真っ黒に見えると思いますが、実はブルーベリーの色なんです。」
ロゼ色の肉断面
この漆黒に近い紫色の固まりを切り分けると、そこには実に美しいロゼ色の肉断面が横たわっていた。
3時間あまりの時間をかけて、ゆっくりと均一に肉に火を入れたそうだが、実に素晴らしい火入れである。これに、やはりブルーベリーのソースを添えて、逸品の完成である。
梶岡牛イチボのブルーベリーのソース添え
この梶岡牛イチボ、ナイフがスッと心地よく入っていく。肉片を一切れ口に運ぶと、シットリとした肉質から、黒毛和牛の赤身特有の香りが鼻に抜けていく。その香りは、脂からもたらされるクドいものではなく、ブドウの巨峰のような、濃い香りである。それが、発酵ブルーベリーのニュアンスもまとうことで、より複雑味のある香りに昇華している。立派な霜降り肉であるにも関わらず、脂っこさをみじんも感じない。素晴らしい一皿で、しばし唸って言葉も出なかった。
デザート
圧巻のコースを経て、野村さんにエイジングブースターの使い方について改めて話をうかがった。
野村シェフ
「エイジングブースターの最も素晴らしい点は、食材を選ばないところです。うちでは、肉にも魚にも使いますし、野菜や果物にも使えます。野菜の場合は根菜ですね、ジャガイモなどはエイジングをしておくと、甘さとうま味が変わります。
色んな食材をエイジングしたいのですが、庫内容量が限られているので、あれもこれも入れることができないというのが悩みの種ですね。」
Aging Boosterを操作する野村シェフ
実は、インタビューをするなかでわかったのだが、野村シェフは食材ごとに庫内温度・芯温・風量の設定を細かく変えていた。実は、いろんな料理人にエイジングブースターを使用してもらっているが、多くの場合「設定は食材がなんであっても一つに決めて、あとは出し入れする時間で調整しています」という人が多いのだ。
設定のメモ
ところが、野村シェフは魚ならこの設定で黒毛和牛はこの設定、同じ魚でもフグは12時間、イカなら3時間といった風に、その食材に合わせた設定変更と微調整を行っている。この辺は、工業高校出身というところが影響しているのかもしれない。
ところで、エイジングブースターは食材を選ばないと言ってくれたが、得手不得手はあるとのことだ。
「本当は、毛付きのジビエを入れて熟成したいんです。ただ、何度も試してみたのですが、どうにもうまく行かない。熟成できないわけではなくて、どこまでやればいい熟度になるかという加減がわかりにくくて、ダメにしてしまうケースが多いのです。当店のスペシャリテがアナグマなのですが、本当はエイジングブースターにかけたいのですが、まだうまく行ってませんね。」
野村シェフ
ジビエについてはフロリレージュの川手シェフが使用しているが、多くの場合、毛付きの状態ではないかもしれない。ぜひ今後、野村シェフに毛付きジビエの最適解を見つけていただきたいところだ。
設定のメモ
山口県宇部市にひっそり立つエヌトロワ。地元の食材と土地の風土に精通し、そのテロワールを愛し(アムール)、ロマン溢れる料理に仕立てて提供してくれる。本当に、この店にくるためだけに山口旅行をしてもよいのではないか、と思う食体験を味わえるお店なのである。
店舗情報
N-3trois(エヌトロワ)
〒755-0151 山口県宇部市西岐波2076-1
https://www.n-3trois.com/

四国計測工業株式会社
〒764-8502 香川県仲多度郡多度津町南鴨200番地1
経営戦略本部 マーケティング開発部

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