熟成革新
恵比寿 とりひろ
恵比寿 とりひろ

エイジングブースターを用いて素晴らしい料理を生み出す飲食店探訪、今回の料理ジャンルは「焼鳥」だ。仕事帰りにちょいとビールを一杯ひっかけながら、串を頬張る。そんな庶民の食べもの感あふれる焼鳥とエイジングが結びつくことで、どのような価値が生まれるのだろうか。今回は、飲食店の競争激しい恵比寿の地で勝負することを選んだ「とりひろ」のエイジングブースター活用術を見せていただきながら、鶏のエイジングの最適解について学んでいく。

(取材・文・撮影:山本謙治)

食材
設定
本来熟成に向かない若齢の鶏肉とエイジング
恵比寿駅から徒歩6分、路面に目立つサインも出ておらず、まさに隠れ家というに相応しいとりひろの暖簾をくぐると、まるで寿司屋とみまごうばかりの一枚板のカウンターが迎えてくれる。
恵比寿 とりひろ
清潔感と高級感のあふれる店内右奥、焼鳥店の心臓部ともいえる焼き台の真後ろに、エイジングブースターがしつらえてある。カウンターのかぶりつきに座り、ビールで喉を潤し、香の物の塩気で舌を馴らしたところへ、さっそく胸肉に塩をしただけの串が出てくる。
とりひろの焼きは、炭火と電気式焼き台を併用するというもの。炭火は高火力だが、刻々とその火加減が変わっていくため、狙った火入れを常に続けていくのが難しい。そこで、常に一定の火力を保つことが出来る焼き台も使い、その二台を行ったり来たりしながら最適な火入れにするという。
金田泰和さん
皮目をバリッと焼き上げ、身肉は白く水分を湛えた肉を頬張ると、ザクッと皮に歯が入って芳ばしさが口中に拡がる。驚くのはそこからだ、通常ならパサつきを覚えるであろう胸肉なのに、肉の線維が歯をムッチリと迎え入れる。そして、淡白な味わいのはずの胸肉から染み出る味わいの濃いこと、綺麗なことに驚愕するのだ。
「これ、本当に胸肉!?」
多くのお客がそう聞いてしまうほどに、胸肉っぽさのない胸肉である。
「朝挽きの水郷赤鶏の胸肉をエイジングブースターで熟成しています。」と聴いてまた驚く。そのうま味の濃さから、てっきりこれは長く飼うことで旨みを最大限に湛えた地鶏肉ではないかと思ったのだが、そうではないという。
「朝挽きの新鮮な赤鶏肉の食感を持ちつつ、熟成によって本来淡白な胸肉にうま味を加える。これがやりたかったんです。」
この言葉の本当の意味は、焼鳥という料理のことを知らなければ理解できないはずだ。
恵比寿 とりひろ
「とりひろ」店主の金田泰和さん、白い調理衣を着た姿がまるで武道家のように見えると思ったら、はたして学生時代は本当に柔道に打ち込んでいたという。
「大学卒業後は警備の仕事や建設関係の仕事に就いていたのですが、その間もバーなど飲食関連の仕事を掛け持ちしていました。飲食で店を持つことを志し、イタリアンで修業を始めました。」
ただ、最初から料理人を目指した同年代の料理人は、もうすでに現地で修業をしたり、独立を果たしたりしていた。比較的遅めに料理の道に入った自分でも勝負できるジャンルは何だろう。そう考えたときに、焼鳥のことが頭に浮かんだという。
金田泰和さん
「当時、焼鳥を高単価で出すお店はそんなにありませんでした。この分野はまだ自分でも勝てる世界があるのではないか、と思ったんです。」
そうして門を叩いたのは、埼玉県の「とりせい」。丸鳥を仕入れ、捌いて串打ちし、炭火と電気式の焼き台を使い分けて鶏を焼き上げる、焼鳥業界では名の高い「とりしき」の流れを汲む店だ。
恵比寿 とりひろ
「厳しい店だったので、人が入ってもすぐに辞めちゃうんです。だからずっと大将と二人で、大変でしたけれども、すべての仕事を覚えることができました。」
そうして2017年、埼玉県大宮市に「とりひろ」をオープン。それまで学んだ技術に加えて、地鶏肉を扱うなど自分らしさを追求する中で出会ったのがエイジングブースターだった。
これまでなしえなかった、鶏胸肉の熟成という技術
鶏胸肉
大宮時代、常連のお客が「肉のエイジングを進める機械があって、それを使ったフレンチの店がとても美味しいんだよ。」と教えてくれたことが、金田さんの耳に残った。教えてもらったその店こそ、首都圏では早い段階からエイジングブースターを活用するKitchen G3(五反田)だ。紹介を受けて足を運び、料理を食べると、とても美味しい。店主の山口さんもエイジングブースターを見せながらその原理と使い方を教えてくれた。
金田泰和さん
「これを使えば、いまの焼鳥屋ができていないことを実現できるかもしれない、、、」と金田さんは直感したという。それこそが、比較的若い鶏の胸肉の熟成だ。
鶏の胸肉
金田さんが修業した店も含め、多くの焼鳥店が使用するのが、50~70日程度の若齢で育てた柔らかな鶏肉だ。地鶏肉は75日以上育てることが義務づけられており、多くは100日以上飼育されている。それゆえ、味はよくても食感が硬くなることが多く、焼鳥に向かない肉質のものも多い。それに対して若い鶏の肉は柔らかだが、飼育期間が短い分、うま味はうすい。それゆえ、甘辛いタレを付け焼きしながら焼くことで美味しくしているのが大衆料理としての焼鳥なのだ。
タレ
「タレで焼くというのは、いわばドーピングなんです。若い鶏肉には強いうま味がありません。ただ、鮮度のいい若鶏肉は食感が心地よく、風味もいい。そこに、うま味や香りの濃いタレをまとわせて焼けば、とても美味しくなるわけです。」
 
とりひろで使用する水郷赤鶏は、若齢とは言いつつも肉質のよいロードアイランドレッドの血統が濃く、しかも70日程度飼育期間を設けているため、通常の国産若鶏に比べれば肉質はよい。でも、エイジングブースターを使えば、また違う美味しさの焼鳥を生み出せるかもしれない。Kitchen G3の山口さんを通じて四国計測工業に連絡をし、試用を経てすぐに「これだ!」と感じて購入を決心したという。
鶏の胸肉
「いろんなものを入れて熟成を試しましたが、一番はまったのが赤鶏の胸肉です。正直にいうと、赤鶏の胸肉はいいところがあまりありませんでした。どう火を入れてもパサつきますし、うま味もありません。ところがエイジングブースターにかけると、驚くようなうま味が生まれます。しかも、熟成で肉の線維が柔らかくなっているからか、しっとり感も出てきます。」

エイジングブースターの設定は、庫内温度が2℃、芯温は10℃まで上げて、風量が10%とやや弱め。水分を飛ばしすぎないようにしつつ、芯温はかなり上げている。この設定で、胸肉は3~4日間の熟成をかけている。
鶏の胸肉
胸肉はこのように、骨から切り離し、拡げた状態で熟成する。芯温計は肉に刺すのではなく、ダミーに刺している。肉にダメージを加えないためだろう。
鶏の胸肉
上の写真の右側が通常の胸肉、左側がエイジングブースターにかけた鶏肉。熟成がすすみ水分が抜けているのがみてとれる。とはいえ、風量が少なめであるせいか、肉質のしっとり感は失われていない。
金田泰和さん
じつはエイジングブースターを試用した時期、金田さんは大宮から恵比寿への移転を検討していた。大宮は埼玉県の中心ではあるが、やはり高級業態として勝負するなら東京、それも激戦区の恵比寿だ。そこに打って出る際に、エイジングブースターは武器となりうる、と感じたのだ。
かくして恵比寿に開店した「とりひろ」のコースで最初に出てくるのが、エイジングブースターで熟成した水郷赤鶏の胸肉である。後ろにある機械を見せて説明をしながら出すこともあるが、多くのお客がその美味しさに驚き、満足してくれているという。その後、一品料理を二~三皿愉しんでもらってから本格的に焼鳥が始まり、地鶏のササミなどの淡白なものから味の濃いものへと転じていく。
ハツ
中盤の華ともいえるのが、通常のハツと熟成を施したハツの食べくらべだ。
 
「ハツもエイジングするとうま味が増強されます。まさにうま味の塊とも言えるような味わいになるんです。通常のハツを食べてから熟成したハツを食べると、多くのお客様が驚かれますね。」
ハツ
そこから皮などをはさんで、エイジングしたつくね串が出てくる。このつくね串が、やはりうま味たっぷりでありながら上品な香りの一品となっている。
つくね串
「ひき肉というものは、言い方は悪いですが、普通の焼鳥店からすれば鮮度の悪い肉の行き着く先です。臭みなどを消すために醤油を入れたり、味付けをするわけです。でも、うちのつくねはエイジングした肉をひき肉にしています。そうすると、香りがよいままうま味が生まれますから、調味料を足す必要がない。ですから、最低限の調味で焼いています。」
 
ハツとつくねに関しては、熟成時間は24時間程度。胸肉にくらべるとやや短めで効果が出るという。
なんでもエイジングすればいいわけではない、という哲学
意外なことに、終盤に出てくるのはエイジングを施していない、赤鶏のモモ肉のタレ焼きだ。
 
「やっぱり、朝じめの赤鶏のモモ肉にタレをつけて焼いたものは最高に美味しい。これは事実なので、うちでも最後に出しています。」
最初に食べた赤鶏の胸肉であれだけうま味が出るのだから、モモ肉もエイジングブースターに入れることでおいしさが倍増するのではないかと思ったのだが、金田さんは首を振る。
金田泰和さん
「モモ肉を熟成しても、それほど伸びがあるわけではありません。それよりも鮮度を活かして食感を楽しんだ方がいい。何でもエイジングすればいいということではないのです。」
 
また、意外なことに、とりひろの特徴でもある地鶏肉についても、エイジングブースターに入れることはない。
 
「地鶏肉は若鶏の3~4倍の飼育期間を経ていますから、食感が硬いです。これを柔らかく、うま味を増すために熟成しますが、エイジングブースターではなく、丸鳥のまま冷蔵庫で手当てをしながら一週間程度ねかせることで熟成します。それで十分、おいしさが出ます。それに第一、エイジングブースターの容量、処理能力の限界もありますから、現状では赤鶏の胸肉、ハツ、つくねに回すほうがよいと判断しています。」
エイジングブースター
飼育日数が長く、熟成に時間のかかる地鶏肉をエイジングブースターにかければ、美味しさが倍増するだろうと単純に考えてしまいそうなところだが、必ずしもそうではないというところが興味深い。そんな金田さんがこれからエイジングブースターで試していきたいことが、鶏の内臓肉のエイジングだという。
 
「鮮度が重要視される内臓肉の熟成は御法度でしたが、エイジングブースターがあれば、安全に鮮度がいいまま熟成できる。これまで試した経験でいえば、レバーは熟成によってトロッと溶けるような食感となり、うま味も増して臭みが消えます。ただ、熟成によって印象が丸くなりすぎて、レバーの生っぽさが好きな人からすると物足りないということにもなりかねません。お客様にお出しするにはもっと研究が必要ですね。逆に、臭みが嫌われる金管卵をエイジングすると、いやな臭いがなくなるので、苦手な方も食べられるようになると思います。」
金田泰和さん
鶏肉を串に打って焼くという、シンプル極まりない焼鳥という道は、そのシンプルさゆえに、上質さを極めるのが難しい分野だ。そこに、エイジングブースターという武器を持ち込み、今までに無かった焼鳥の世界を切り拓く「とりひろ」金田さんの技は、必見と言っていいだろう。予約がとりにくい店になる前に、足を運ぶべきである。
店舗情報
恵比寿 とりひろ
〒150-0022 東京都渋谷区恵比寿南1丁目16−5 タチムラビルディングサウス B1F
https://gourmet-calendar.com/restaurants/43740908?utm_source=magazine_202307&utm_medium=other&utm_campaign=magazine

四国計測工業株式会社
〒764-8502 香川県仲多度郡多度津町南鴨200番地1
経営戦略本部 マーケティング開発部

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