山口弘さんはもともとは大阪の生まれ。料理の道に進みたいと思っていたが、両親からの反対もあり、17歳から美容師の道へ。しかし料理への気持は揺るがず、21歳で改めて料理の道へ進むこととなった。フレンチ出身のシェフが営む居酒屋からスタートし、イタリアンでの修業を経て東京へ。鉄板焼店で料理長としてメニュー作成からワイン選定まで行い、間借りでの営業などを経て、2020年9月に五反田の地でKitchen g3をオープンした。
エイジングブースターとの出会いは、料理人が愛読する雑誌「専門料理」の特集記事をみてのことだ。
「もともと、エイジングはしたいけど、あの特有の発酵の香りは要らないと思っていました。肉を柔らかくして、旨みを増す機能に特化した装置はないかと。それがエイジングブースターじゃないかと思い、すぐに問い合わせをしました。」
四国計測工業に連絡をし、詳細を聞くにつけ、自分のイメージ通りのものだと実感。また意外なことに、入手性や価格についてもメリットを感じたという。
「現時点で台数がそれほどなく、調理機器としては高価ではあります。でもそれは、同業者にとって参入障壁になりますよね。他にやっている人がいなければいないほど先行者利益をとれて、店の付加価値になる。そう考えて導入を決めました。」
エイジングブースターが到着してからは、様々な食材を入れて熟成の試行錯誤の日々。使っていく中で、だんだんと自分なりの解答が見えてきた。
「牛肉のような『強い』食材だと、適当にかけてもよい状態になりますが、豚や鶏といった食材だと、熟成によって味の輪郭がボヤッとしてしまい、何の肉なのかわからなくなってしまうことがあります。それだけこの機械で熟成が進むということでもあるのですが、食材のことを理解して使う必要があります。例えば、柔らかさとジューシーさが命であるブロイラーに熟成をかけると、旨みは出ても、水分が飛んで肉が硬くなりすぎ、唐揚げくらいにしか使えなくなってしまう。エイジングブースターの恩恵をどの部分で活かすかを考えないといけないのです。」
現在のKitchen g3でのエイジングブースター活用方法はこんな感じだ。
店の定番となっている牛肉については、岡山県の生産農家から直接、経産牛のサーロインを取り寄せている。一本のサーロインを三分割して送ってもらい、真空パックの上から芯温計を刺して、芯温10℃、庫内温度を-3℃に設定して、3~4日間の熟成をかける。理想的な熟度になったら、肉を営業で使用する分を想定してカットし、アルコールで-30℃の急速凍結をかけて保管しておく。
今帰仁アグーの経産豚の肉は同じような熟成方式だが、肉のポテンシャルが引き出されるのに一週間かけるという。
「塊肉をそのまま置いて時間をかけて熟成すると、熟成途中のものや、熟成が行きすぎたものをお客様に出してしまうことになります。そうではなくて、エイジングブースターで最適な熟成状態のものを凍結しておく。アルコール凍結だと肉の質が下がらないので、いつでも美味しくお客様に提供できる。しかも、年末など肉が高くなる時期に買わないでストックしておけるので、経済的にもいいのです。」
また山口シェフの熟成方式の特徴が、基本的に肉を真空パックをしたまま熟成庫に入れることだ。
「僕の場合、熟成で必要なのは水分を飛ばすことではなく、旨みと柔らかさを得ることが目的なのです。その場合、ドライの状態で庫内に入れるよりも、真空をかけたままにしたり、ポリ袋やラップをかけていれるなどした方が水分が飛びません。歩留まりもよく、トリミングが20%以下になるので、経済的です。」
もちろん、熟成を施すのは肉の塊だけではない。アユのコンフィなど魚を熟成するときには、タッパーにオリーブオイルを満たした中に魚体を入れて熟成をかける。
「四国計測工業に食材に風が当たると凍りますよ、と言われたので、直接あてないためにオイルをクッションにしてみたところ、理想的な状態を作ることができました。この機械、料理人の使い方次第でいかようにもできるんですよ。」と茶目っ気たっぷりの笑顔で言われるが、まさに山口シェフの技術は「使いこなし」と言えるだろう。
山口シェフによれば、エイジングブースターでの熟成に、必ずしも向かないものもあるという。
「エイジングブースターのセミナーで、生ハムやワインに熟成をかけたものをいただきました。塩味が馴れていたり、ワインのカドが取れてまろやかになったりしていて美味しいとは思いましたが、均一に熟成が進みすぎるので、それに合わないものもあると思います。時間の経過による熟成とは別の結果になってしまうように感じるんです。」
たんに旨みを強くしたいなら、アミノ酸の粉末をかければいいだけのこと。そうではなくて、この食材の酵素分解を進めることで、このような食感と味にしたいのだ、というイマジネーションが遭って初めて、エイジングブースターの能力が生きるという。
山口シェフは言う。
「料理人という仕事は、きちんと考えれば儲けを出すことのできるものです。エイジングブースターをどのように使うかを明確にイメージできる人なら、数年でエイジングブースターのコストが回収できると思いますよ。」
小さなフレンチレストランにおいて、食材の価値を高めるエイジングブースターの使いこなしに関心があるなら、五反田を訪れるのが近道かもしれない。