熟成革新
フロリレージュ(外苑前)
フロリレージュ(外苑前)

「フロリレージュ」といえば、伝統あるミシュランの二つ星を獲得・維持し、世界のフーディー達が投票するアジアのベストレストラン50でも日本のレストランとして上位に入賞する、今日の日本で最も勢いのあるフランス料理店の一つだといえる。同店を率いる川手寛康シェフは、日本の料理業界をリードし、若手シェフ達に影響を与える大きな存在である。

その川手シェフが、エイジングブースターの遣い手であることをご存じだろうか。それも、ジビエという、料理人にとっては扱いの難しいジャンルの肉を熟成することにチャレンジをしているのだ。

(取材・文・撮影:山本謙治)

食材
設定
おいしさと腐敗リスクを天秤にかけたジビエの熟成
川手シェフ
川手シェフがエイジングブースターを使用するきっかけとなったのが、2020年11月に開催されたエイジングブースター活用研究会。厨房機器大手のホシザキ東京テストキッチンを会場に、気鋭の料理人を招待して行われた、エイジングブースターのお披露目会だ。
すでにエイジングブースターを活用している萩シェフや小川シェフのデモンストレーションや料理を試食しながら、川手シェフはいぶかしげな顔をしていた。司会進行をしていた私は「もしかすると川手シェフは、興味を持っているのかもしれない」と直感し、質疑応答の時に川手シェフに「フレンチの食材で、なにかエイジングブースターで試したい食材はありますか?」と話題を振ってみたのだ。
「ジビエを、、、たとえば鴨をまるごとエイジングブースターに入れたら、どうなるんでしょう?」
と川手シェフ。そう、家畜ではなく、野生で生きている鳥獣の肉であるジビエは、野生ゆえに身が引き締まっており、熟成が不可欠である。フランスではジビエの熟成をフザンタージュと呼び、冷蔵設備の中で1週間以上吊しておくこともあるという。しかし、野生ゆえ自然界の雑菌がついていることが多く、高温多湿な日本では一歩間違えれば腐敗につながってしまう。
「僕たち、本当にジビエの熟成に関しては困ってるんですよ!」
というのが、川手シェフの切なる声だった。エイジングブースターがフロリレージュに搬入されたのはそれからほどなくしてのことだ。それから16ヶ月、川手シェフの問いに回答が出たのかどうかを確認しに、足を運んだ。
川手シェフ
「もうね、エイジングブースターは毎日フル稼働していますよ。もっと庫内容積が大きい新型機が早く出ないかと、待ちわびています。」
そんな川手シェフ、どのようにエイジングブースターを使っているのか。
エイジングブースター庫内の肉
「あらゆる肉をエイジングブースターに入れて実験しました。牛、豚、鶏、鹿、鴨、、、最初はどんな設定でどんな効果が出るのか相関関係がわからず、とっつきにくさも感じました。でも、いったん効果が把握できるようになると、自分の手足のように使いこなせるようになります。」
「エイジングブースターの効果」として感じているのはどのようなことなのだろうか。
「やはり肉の熟成が速やかに進むということです。熟成スピードが速いということは、腐敗するリスクを避けることができるということ。熟成で実現するのは、肉を柔らかく、うま味を増しながら水分を抜くこと。特に、畜肉ではなく野生のジビエを安全にスピーディに熟成するというのが、私の店での使い方となります。」
フロリレージュにおけるエイジングブースターの設定は、庫内温度がマイナス2℃、芯温が5℃で風量が50%というもの。他のユーザーから比べると、庫内温度と芯温の温度差がそれほど大きくなく、風量が強めという印象だ。
「いろいろいじってみましたけど、この設定で骨付きの肉を4~5日かけるというのが、うちのやり方に合っていました。骨付きの大ぶりな肉でやるのがポイントで、骨を抜いて脂などをグリ剥いた肉をこの設定でやると、すぐにガチガチに水分が抜けてしまうと思います。」
エイジングブースター庫内の肉
鴨肉のうま味を引き出し、余分な水分を徹底的に抜くエイジングブースター
鴨肉
川手シェフが今回、この記事のために用意してくれたのは、エイジングブースター研究会で質問してくれた食材である丸のままの鴨だ。青森県三戸市で育てられている「銀の鴨」を丸のまま熟成庫内に入れて4日間熟成したものを用意してくれていた。
鴨肉
「見ただけですでに、水分が飛んでいることがわかりますよね。この丸のままの鴨に、熱した油をかけて熱を入れていきます。中国料理にもこうした技法がありますが、フレンチでも同様の技法があるのです。」
鴨肉に油をかける川手シェフ
丸のままの鴨に油をかける度にジャーッという音が立ち、水分が蒸気となって揮発していく。10分ほど油をかけて加熱したところで、しばし置いて休め、余熱で火を通す。
 
「普通の冷蔵庫で熟成させたものだと、この段階でしばらく置いておくと、肉のなかの水分が表面に染み出てくることが普通なんです。表面の水分は飛んでいても、内部の水分が抜けていないので、それが戻ってしまうんです。ですが、エイジングブースターで熟成すると、内部の水分もキッチリ抜けてくれます。これは、庫内の風量を50%と強めに設定しているのがよいのかもしれません。」
鴨肉の調理
鴨肉の調理
余熱で火が通った鴨肉から手羽の部分をさばいて外し、骨を抜いて肉をミンチに引く。そこに玉ねぎや香草を加え、カブの糠漬けに太白胡麻油を足してをピューレにしたものを加えて混ぜる。これをおおぶりのシイタケに塗って、付け合わせとする。
鴨肉をシイタケに塗る
熱でじんわり火が入った鴨に再度、油をかけまわし、仕上げていく。
鴨肉に油をかける
「ジビエの中でもやっぱり鴨が、エイジングブースターに向いている食材だと思っていました。鴨はできるだけ熟成させて美味しさや香りを最大限に引き出したい食材なのですが、どうやっても肉より先に内臓が傷んでしまうのです。ですから以前は、燻製をかけて殺菌効果を高めたワラを鴨のお腹に詰めて、冷蔵庫に入れて熟成していました。」
 
なんと、ワラを鴨のお腹に入れるとは!
 
「ベルギーのシェフは麦ワラで同じことをして、2週間熟成しているそうです。ただ、日本では2週間も熟成するとほぼ腐ってしまう。エイジングブースターを使えば、わずか4日間で、もっと長い期間で熟成かけたのと同様の結果が出せる。安全に早く熟成ができるというのは、素晴らしいことだと思います。」
鴨肉を切る川手シェフ
さて、火入れが完全に仕上がった鴨肉は、なんともすばらしいロゼ色だ。肉汁がしっかりと内部に貯め込まれ、漏れ出ることがない。
ロゼ色の鴨肉
ロゼ色の鴨肉
大ぶりの胸肉をカットしたものと、シイタケにミンチした手羽肉を塗りつけて焼いたものにあわせるのは、トマトからとったクリアウォーターに蜂蜜を少量加えて煮詰めた、透明感溢れる野菜のソースに、オーブンでローストした昆布を粉砕して太白胡麻油と合わせた昆布オイルをひとたらししたものだ。
鴨肉料理
「フランス料理は骨からとっただしをベースに濃いソースを仕立てて肉にかけるのが基本です。ただ、この料理ではそうはしませんでした。それは、エイジングブースターでの熟成で、鴨肉自体のうまみと香りが最大化されているからです。逆に、野菜中心の淡いソースにすることで、鴨肉の風味が生きるようになっているのです。」
鴨肉料理
鴨の胸肉は、よく研がれたナイフが引っかかり無くスッと入る柔らかさ。口に運ぶと、筋繊維がほどけるような柔らかさを感じるが、それ以上に濃厚かつ上品な香りがあり、また濃密なうま味が感じられる。トマトのクリアウォーターのソースに、昆布のうま味が加わったソースによって、そのうま味が倍化し、鴨肉の美味しさが引き立つのだ。
鴨肉料理
この強いうま味を普通の冷蔵庫で引き出そうとしたら、雑菌の繁殖によって臭みが出てくるかもしれない。しかし、4日という短期間で熟成が完了しているためか、そうした腐敗に傾くことで生じる臭みはまったく感じられない。そういった意味で、エイジングブースターの特性を引き出した、素晴らしい料理である。
川手シェフ
「日本の鴨肉は、フランスのブランド鴨に比べると硬めに感じます。フランスの、例えばシャラン鴨は本当に柔らかい。それに近づけるためにも、エイジングブースターで熟成することで、鴨肉の筋繊維を柔らかくすることは有効です。もう一点、エイジングブースターの効果として、脂の変化も大きいと思います。風味がよくなり、ソースと馴染むのです。硬さがとれて一体感が出るような脂になると実感しています。」
鴨肉
脂の質が変わるというのは、他のシェフからも異口同音に聴かれることだ。エイジングブースターの効果は、使っているシェフ自身が実感するものなのだろう。
 
「エイジングブースターの意義は、深く食材と向き合う人でないと、気がつかないかもしれませんね。でも、真剣に食材をみる料理人であれば、きっと使いこなすことが出来ると思います。メリットは本当に大きいですよ。僕は、ホテルのレストランのコンサルティングもしているのですが、衛生面での基準がとても厳しいホテルのレストランのような業態こそ、エイジングブースターが活きる現場だと思いますね。」
 
ただし、まだ改善点もありそうだと川手シェフは言う。
 
「たとえば、庫内のどこに置くかで熟成の度合いが変わるんです。現行機だと、マイクロ波のあたり方が場所によって違うんでしょうね。私たちは毎日、熟度を確認しながら上下左右に肉を置き換え、その時に熟成の具合を把握するようにしています。もし、入れっぱなしにして何もしないという料理人だと「あれっ ここだけ熟成が進んでいないな」というようなこともあるかもしれません。新型機が出る際には、この辺が解消されていることを期待しています。」
川手シェフ
エイジングブースターについて川手シェフが語る時、眼にキラキラした光が入って見えるのは、筆者の錯覚ではないだろう。純粋な子供が、最高に面白いおもちゃを手に入れたときのような、このおもちゃの奥の奥までを探求して、遊び尽くすぞという気概を感じる。川手シェフの渾身のジビエ料理を味わいに、ぜひフロリレージュへ足を運んでいただきたい。
※本記事は、旧店舗(外苑前)での取材をもとに執筆しています。
店舗情報
Florilége [フロリレージュ]
〒150-0001 東京都港区虎ノ門5-10-7 麻布台ヒルズ ガーデンプラザD 2階
https://www.aoyama-florilege.jp/

四国計測工業株式会社
〒764-8502 香川県仲多度郡多度津町南鴨200番地1
経営戦略本部 マーケティング開発部

四国計測工業株式会社
〒764-8502
香川県仲多度郡多度津町南鴨200番地1
経営戦略本部 マーケティング開発部

Copyright © 2019 Shikoku Instrumentation CO.,LTD. / Kagawa,Japan.