熟成革新
京遊膳 花みやこ
京遊膳 花みやこ

エイジングブースターは当初、肉の熟成に使えるのではないかという期待から、フレンチやイタリアンといった欧米料理の料理人中心に告知をしてきた。それが、肉だけではなく魚の熟成にも応用が効き、それだけではなく昆布だしやポン酢といった調味料の味を深めるためにも使うことができるということが知られつつある。そうなると、我が国伝統の日本料理でエイジングブースターを活用するということができるのではないかという期待が高まるのは当然のことだ。

ただ、伝統と格式を重んじる日本料理の世界でどのように使ってもらうことが出来るのか。その危惧をやすやすと突破してくれたのが、茨城県ひたちなか市の日本料理店「花みやこ」の西野正巳さんだ。

(取材・文・撮影:山本謙治)

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茨城県の第一次産品の価値を上げるための活動とエイジングブースター
西野さんは京都で伝統的な有職(ゆうそく)料理を伝える「西陣魚新」で修業した後、東京の柳橋花柳界の料亭である「いな垣」で料理長を務めてきた。
京遊膳 花みやこ
「花みやこ」は茨城県ひたちなか市の街中に、1993年10月に開店。茨城県といえば、野菜や果物などの農産物、牛や豚などの畜産物、そして常磐の海で獲れる海産物というように、第一次産品の宝庫である。西野さんはそうした茨城の食材にスポットを当てて、店ではできるだけ県産品を前面に出すように尽力してきたという。
京遊膳 花みやこ
京遊膳 花みやこ
京遊膳 花みやこ

第一次産品に付加価値を乗せるためにどうすればいいかということを、料理人目線で考え、「おいしい!」と言ってもらえる製品開発をしてきた。そうした活動を通じて、福島県いわき市で同様の活動をしてきた「HAGI フランス料理店」の萩シェフと出会う。萩シェフから「エイジングブースターっていう面白い機械があるんですよ、西野さんだったら、面白い使い方ができると思いますよ。」と言われたそうだ。
 
「フレンチの料理人はきっと肉を中心に使うと思ったので、うちは日本料理店ですから、魚のエイジングをやっていこうと思いました。今日はその成果をお見せしたいと思います。」

西野正巳氏
魚の水分を抜き、うま味を増加させ、味わいと風味を進化させるエイジング
一品目はヒラメの昆布じめだ。
ヒラメの昆布じめ
じつはヒラメは「茨城県の魚」として選定されており、特に12月から2月にかけて獲れた常磐寒ヒラメはおいしいことで有名な食材である。花みやこではヒラメが入ると放血と神経締めを施し、おろした身に塩をして昆布で包み、最高に鮮度の良いものをそのままエイジングブースターにかける。
「昆布じめにする際にお酒や酢を使う人もいますけど、うちではあえて使いません。
温度設定は庫内温度が2℃で、芯温がブースターのMAX条件である15℃、風量が10%の設定。この状態で8~10時間で熟成をしています。」
西野正巳氏
エイジングブースターを導入する前は、昆布に包んでから2日ほど置いていたそうだが、エイジングブースターを用いることで、鮮度がよいまま熟成を進めることができるようになったそうだ。
「鮮度が良い魚は身がいかっています。そのいかっている状態を保持しながら、昆布のうま味だけを身に入れたいという願いが料理人にはあります。エイジングブースターにはそれができるんですよ。漁港が近くにある店は、新鮮な魚が手に入るのが魅力です。それなのに、熟成に時間をかけてしまったら東京の店と同じになってしまいますよね。ですから、鮮度を守りつつ旨くするというところを目指したいんです。」
ヒラメの昆布じめ
「エイジングブースターを使うことで、魚の鮮度を保持しながらうま味を高めるということが可能になります。たとえば脱水シートは水分は速やかに抜いてくれるのですが、うま味を高められるわけではありません。エイジングブースターは芯温を上げることで、急速に熟成を深め、うま味を高めることができます。神経締めにした魚の身は、まだ自分が活きていると勘違いしています。それを冷たくすると、死んじゃいますよね。芯温を温めている状態だと、活きている状態で食感が残っているのに、熟成でうま味が強くなるという、二律背反が実現するんですね。」
ヒラメの昆布じめ
ヒラメの昆布じめ
また、通常の昆布じめと違うのは、味の浸透の仕方だという。
 
「たんに昆布で巻いて冷蔵しておくと、昆布の味が表面だけについた状態になるのですが、塩をしてエイジングブースターにかけると、昆布のうま味と塩の浸透が促進されるように感じます。しかもそれが短時間でできるのですから、鮮度感が残るのです。」
 
通常、昆布で締める時間が長くなると、身肉も柔らかく緩んでしまいがちだ。しかし、エイジングブースターで昆布じめをしたヒラメの身肉は、ご覧のように艶やかさを保っている。
ヒラメの昆布じめ
ヒラメの昆布じめ
噛みしめるとキュッと、鮮度よくいかった魚の身肉の心地よい触感を感じる。それなのに、身肉にはしっとりと塩が回り、豊かなうま味が舌を喜ばしてくれる。鮮度のよさとうま味の醸成という、二律背反するはずのことが成就しているのである。
二品目はアンコウの肝である。
アンコウの肝
アンコウはご存じの通り、茨城県の冬の名物だ。じつは花みやこの名物料理の一つが冬のあんこう鍋。専門店ではないのにも関わらず、「アンコウといえば花みやこ」と言われるようになってしまい、ちょっと複雑な気分だという。そんな人気のメニューが生まれたのも、エイジングブースターが関わっているという。
 
エイジングブースターを導入するタイミングがちょうど茨城名物であるアンコウの時期でした。アンコウというのは、フレッシュな状態で刺身でも食べることができる魚ですが、水分が多く、それほどうま味が濃いわけではありません。その余分な水分を抜くために、以前は脱水シートを使っていたのですが、時間もコストもかかりますし、身が締まってしまいます。先ほどのヒラメと同じく、余分な水分を抜きたいのですが、鮮度は保持したい。熟成というよりは、調理過程にかかる時間を促進するという言い方になるんですね。」
西野正巳氏
アンコウ鍋でフィーチャーされるのは水分を抜いてうま味を高めたアンコウの身肉だが、今回調理していただいたのは肝、いわゆるあん肝である。
「アンコウの肝って、フォアグラと同じでほとんどが脂です。脂はエイジングブースターでまろやかに変化することがわかってますので、あん肝もこれで処理をしたらおいしくなるんですね。生のあん肝に薄く塩をした状態で芯温計を刺して熟成します。庫内温度が2℃で、芯温がMAXにして15℃、風量が10%の状態で一時間程度エイジング。水分を飛ばして塩分を入れたいだけなので、この程度の時間でよいのです。これ以上時間をかけると臭みが出てくると思います。」
西野正巳氏
アンコウの肝
熟成をかけたあん肝を蒸して、いったん冷蔵して全体をしっかり固める。これをカットして、片栗などを合わせた粉をまぶし、油を引いたフライパンでサッと表面を焼く。
アンコウの肝
アンコウの肝
カリッと焼けたアンコウに砂糖をふりかけ、カラメリゼをしたところに、茨城県産の醤油を落とす。
「この醤油、「お常陸(ひたち)」といいます。かつて江戸で醤油のことを「御下地(おしたじ)」と言っていたそうなんですが、それは「お常陸」がおいしかったからで、それがなまったのだという説もあるんですよ。茨城って素晴らしいでしょ?」と、どこまでも茨城県産の食材を愛する西野さんだ。
アンコウの肝
アンコウの肝
あん肝を取り出して汁を軽く煮詰めて、ショウガの摺り下ろしを少々加えてあん肝にかけまわして、できあがり。
アンコウの肝
エイジングブースターで処理したあん肝は、うま味が強く出ていることはもちろんだが、それ以上にまろやかで、脂のしつこさが一切無い。舌の上にじんわりとうま味が拡がっていくのを感じる。
アンコウの肝
あん肝をスパッと断ち割ってもらうと、加熱しているにも関わらず、とろけ出てしまうことがない。それでいて、舌に乗せると明らかにやわらかく、ふんわりととろけていく。これこそエイジングブースターによる熟成促進ならではの成果だと言える。
魚の水分を抜き、うま味を増加させ、味わいと風味を進化させるエイジング
三品目は、近年注目され、欧米にも輸出され好まれている柚子胡椒を、なんと国産のブラッドオレンジで造ってしまったという「ブラッドオレンジ胡椒」だ。
ブラッドオレンジ胡椒
愛媛県で栽培期間中に農薬を使用せず、有機肥料で栽培された香り高いブラッドオレンジの皮と、茨城県の日立市で栽培された青トウガラシを刻み、能登半島で昔ながらの製塩法で造られた「能登のはま塩」を合わせて仕込む、この「花みやこ」の完全なるオリジナル製品だ。
アンコウの肝
写真:花みやこ公式Webより
「これを作り始めて8年目になるのですが、今年からエイジングブースターで熟成をするようにしています。三つの食材を合わせた状態でエイジングブースターに入れ、庫内温度が6℃、芯温が10℃、風量が12%の設定で、食材の状況を確認しながら熟成させます。熟成前はブラッドオレンジの酸味や辛みが強く、塩の角が立っていたのが、全体的にまろやかに熟れて、ブラッドオレンジの香り高さは保持できたままにおいしくなってくれるんです。」
ブラッドオレンジ胡椒
今回は、茨城県で稀少な中国系の豚を生産している塚原牧場さんの梅山豚のバラ肉の角煮に、ブラッドオレンジ胡椒を乗せていただいた。梅山豚は融点の低い脂が厚く噛んでおり、赤身の部分は味わいの濃さが特徴だ。柔らかな豚肉のうま味をブラッドオレンジの鮮烈で甘やかな香りが増幅し、脂の甘さを青トウガラシの辛みがピリッと引き締める。強烈な個性を放ちながら、梅山豚の旨さを引き立てる役割に落ち着いているのは、熟成によってまろやかさが生まれているからだろう。
ブラッドオレンジ胡椒
「シンガポールでミシュランの星を取得している「beni」という店のシェフが、これをバターに溶かし固めたものを使って大ヒットしています。このシェフに、今年からエイジングブースターで処理をしたブラッドオレンジ胡椒を送っているのですが、「以前より香りがハッキリと立つようになった」と評価してくれました。つまり、味わいはまろやかになるのですが、ただ冷蔵して置いておくよりも短時間で熟成しあがってくれるので、香りが残るということだと思うんです。」
AgingBooster
いただいた三品はそれぞれ、日本料理の基本を踏まえつつ、食材の美味しさがこれまでにないほどに引き出されていると感じた。
それにしても、日本料理の枠組みの中で、このように自由奔放にエイジングブースターを活用する西野さんの原動力はなんなのだろうか。
和食
「僕の根本には伝統的な和食の技法を守っていきたいという思いがあります。ただ、和食のおいしさを深めるための進化も重要だと思っています。たとえば塩や醤油といった調味料を使うことはむかしとは変わりませんが、その調味料自体はいろんな進化を遂げておいしくなっていますよね。エイジングブースターもそのように味わいを進化させる機械だと思っているんです。」
和食
「ブラッドオレンジとトウガラシと塩を混ぜてエイジングブースターにかけたらおいしくなったり、納豆と塩をまぜたものに熟成をかけたり。そうしたら明らかに、エイジングブースターにかけないものよりもおいしくなる。エイジングブースターをかけると、粒の大きさがミクロ単位に細かくなっていくというイメージがあります。カドが取れたり、雑味が無くなったりとよくいいますけど、「きめ細かくなった」のだろうと思います。」
西野正巳氏
ともすれば封建的で、伝統を守るというところに固執してしまいそうな日本料理の世界で、伝統に準拠しつつも進化してゆく姿勢を打ち出す西野さん。「花みやこ」の料理を味わうためだけに、ひたちなか市へ足を運ぶ価値があると断言しよう。
店舗情報
京遊膳 花みやこ
〒312-0018 茨城県ひたちなか市笹野町3丁目14-26
https://www.hanamiyako.com/

四国計測工業株式会社
〒764-8502 香川県仲多度郡多度津町南鴨200番地1
経営戦略本部 マーケティング開発部

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